泣き笑い

緑の渦巻き♪

第1回 よくある話が初話(1992.安田記念)


記憶にある限り、最初に馬券を買う場所に行ったのは1992年の「安田記念」というレースの日だった。
当時、専門学校生だった私は、同じクラスの友人が馬券を買いに行くというので、彼について行ったらしい。どうしてついて行くことになったのかは覚えていないのだが。

行き先は、ウインズ名古屋。初めて入った馬券売場に「鉄火場」というイメージは抱かなかった。床に散らばる馬券も新聞も、妙にすんなり受け入れてしまったような気がする。煙草の煙は、ちょっと嫌だったかな。友人も、周囲のおじさんやお兄さんたちに溶け込んで、新聞とにらめっこを始める。私も、馬柱の見方など当然全く分からかったが、いっちょまえに横から覗き込んで、あーだこーだ言っていた。今思うと、うっとおしかったろうなぁ・・・

大体予想を終えた友人が、ぼそっと言った。「こいつをどうしようか、迷ってんだよなぁ・・・」その時の私にとっては、有力馬も穴馬も「知らない馬」で括られている。知ってた馬はオグリキャップとトウカイテイオーとシンザンとダイユウサクくらいか。騎手だって、武豊しか知らないような頃だ。だからきっと、友人は自問自答のつもりで呟いたに違いない。でも私は自分が訊かれたんだと思って、どれどれ、と友人が指した馬の名前を見る。
ヤマニンゼファー。いい名前じゃないか。「冠名」の存在すら知らなかったから「ヤマニン」の意味は分からなかったが、「ゼファー」っていうのが、ギリシャの西風の神様の名前「ゼピュロス」に関係があるとは分かった。単語の意味が「そよ風」だと知ったのは、ゼファーがJRAのポスターになってからのこと。

名前が、気に入った。何だかとっても走ってくれそうな気がした。だから、自分の意見を言ってみた。「気になるんなら、買っておけば?」
安田記念に至るまでの芝の3戦の成績が3、7、3着で、安田記念での人気が11番目という低い評価だった事など、今調べてみるまで知らなかった(笑) ただ何となく、買わずに後悔するのは嫌だなぁ、と思ったし、何といっても名前がいい(しつこいって)。この時点で友人が何点買っていたのか、流していたのかバラバラだったのか、それは今でも知らない。でも、買おうか悩んでいたんだから、一応ゼファーも彼の買い目の範囲内にいたんだろう。結局、彼はゼファーを買わずにウインズを後にする。

そのレースは、家でTV観戦となった。と言うことは、パドック見ないで馬券を買ったと推測できる。私の家からウインズまでは約45分。TVが始まるまで結構余裕があったから、早い時間に買って帰って来ていたらしい。「らしい」が多いのは全く記憶がない為で、覚えているのが友人とウインズ内にいた時間と家で見た安田記念のゴール前だけという、結構いい加減なものなのである。
その、ゴール前。
周知の通り、このレースでゼファーは勝ってくれた。馬連が万馬券なのも御存知だと思う。そして、私はTVの前で踊っていた。万馬券だったからでは、勿論ない。知らなかったから。「自分が推した馬」が勝ってくれるという事がいかに嬉しいことなのか、このとき初めて知ったのだ。それが例え他人に意見を求められてのことであっても。

勝ち負けを意識して競馬を見たのも、このレースが初めてだった。しかしこの頃は、友人たちが予想をして勝ち負けを話のネタにしているのを外から見ていただけで、まさか自分が「はまりうま」になってしまうとは思いもよらなかった(笑) この専門学校のクラスの環境が、今の私を作っていると言っても過言ではないだろう。
この時、すんでの所で万馬券を逃し、涙を呑んだ(かどうかは知らないけどね)友人は今でも競馬仲間で、週末になると電話なんかで情報交換をしたりしている。この友人が、私の言う「ボス」であったりするんである。まぁ私は彼を「ボス」とは呼んでいないし(姓で呼び合う仲ッス)、こんな所で話のネタにされているとは彼も知らないだろうが。
ごめんよ、T(悪党)

1998.3.21.

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